古墳めぐりウォーキング in 福岡

        古墳とは古墳時代とは古墳のかたち古墳の大きさ埋葬施設石棺の種類装飾古墳

        古墳の副葬品古墳の被葬者周濠造り出し葺石と埴輪陪塚群集墳


 ≪古墳入門≫

   0.はじめに

      この古墳入門はビギナーのためのもので、正確さより分かりやすさを重視しています。

      古墳をざっと理解するのに利用してください。詳しく知りたい方は、色々な本やWebページを参照してください。



   .古墳とは

      古墳時代に土などを高く盛り上げて作った墳墓のこと。「」ともいう。 
    


   .古墳時代とは

      古墳が体系的組織的に作られた時代を古墳時代と呼ぶ。

      一般に、3世紀後半から7世紀初頭が古墳時代にあたるとされているが、異説もある。また、時代比定技術の進歩等により、

             古墳時代の開始が若干早まる傾向にある。卑弥呼の墓ではないかと騒がれている箸墓は、3世紀中頃〜後半の築造と

      考えられていて、かなり古いものである。

      古墳時代を、4世紀までを前期、5世紀を中期、6世紀以降を後期と分ける場合もあるが、他の分け方もある。
 
  


   .古墳のかたち

      古墳はその外形から、円墳、方墳、前方後円墳、前方後方墳、横穴墓などに分類される。

      他に、八角'墳、上円下方'墳、双円墳、双方中円墳などもあるがこれらの説明は省略する。

      巨大な古墳はほぼ前方後円墳である。

      a.円墳

          空から見た形が円形の古墳を円墳と呼ぶ。横から見た形は、お椀を伏せたような形になる。

          円板を2枚か3枚重ねたような形をした円墳もあり、それぞれ2段築成の円墳、3段築成の円墳と呼ぶ。

          その場合、横から見た形は階段状になる。

          古い古墳ほど墳頂部が平らなものが多い。



国指定史跡 五郎山古墳福岡県筑紫野市原田)
国指定史跡 釜塚古墳(福岡県糸島市神在)






(古墳の説明板より)

      b.方墳

           空から見た形が正方形または長方形の古墳を方墳と呼ぶ。方墳は円墳と比較すると極端に少ない。

           方墳も2段築成や3段築成の場合もある。



県指定史跡祗園山古墳(福岡県久留米市御井町)






(古墳の説明板より)


      .前方後円墳

           円墳と方墳をくっつけた形の古墳を前方後円墳と呼ぶ。方墳部分は、長方形に近いものや三角形に近いものなどがある。

           その形から、前方後円墳の古墳名に、車塚、瓢箪山、銚子塚、二塚などの言葉が使われることがある。

           前方後円墳の円墳部分を後円部、方墳部分を前方部と呼ぶ。前方後円墳の語は、江戸時代の国学者蒲生君平の「山陵志」で

           初めて使われたとされている。前や後といっても、何の順序なのかは明確でない。

           古い時代のものほど前方部の方が後円部より極端に低い傾向にある。

           主体部(埋葬施設)はほとんどの場合後円部にあるが、なかには前方部にあるものや両方にあるものもある。



国指定史跡 光正寺古墳(福岡県宇美町光正寺)




 


(古墳の模型)

(古墳の説明板より)


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県指定史跡 船塚古墳(佐賀県佐賀市大和町)

県指定史跡高柳大塚古墳(佐賀県みやき町原古賀)



(古墳の説明板より)




(古墳の説明板より)


      c−2.帆立貝形前方後円墳

           前方後円墳の前方部が極端に短いものを、その形が帆立貝に似ていることから帆立貝形前方後円墳と呼ぶことがある。

           帆立貝形古墳とも呼ぶ。円墳に方形の造り出しが付いた場合もあるかもしれないが、そもそも前方後円墳の前方部は造り出しが

           発展したものという説もあるぐらいで、その区別は微妙なのでここでは前方後円墳の一種と考えることにする。



舞松原古墳(福岡市東区舞松原)

築山古墳(福岡県糸島市三雲)




 

(古墳の説明板より)
(古墳の説明板より)

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国指定史跡 浦山古墳(福岡県久留米市上津町)

藤山甲塚古墳(福岡県久留米市藤山町)



(古墳の説明板より)
(古墳の説明板より)

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国指定史跡御塚古墳(福岡県久留米市大善寺町宮本)





前方部は県道と西鉄天神大牟田線によってかなり削られているが、西鉄天神大牟田線の南側まで残っている。
(古墳の説明板より)




      c−3.柄鏡形前方後円墳/柄鏡式前方後円墳

           前方後円墳の前方部が細長く、幅が一定で長方形のものをその形が柄鏡に似ていることから柄鏡形前方後円墳と呼ぶことがある。

           柄鏡形古墳や柄鏡式古墳も呼ぶ。



端山古墳(福岡県糸島市三雲)






 

(古墳の説明板より)


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国指定史跡 金立銚子塚古墳(佐賀県佐賀市金立町金立)



(古墳の説明板より)

      .前方後方墳

          方墳2つをくっつけた形の古墳を前方後方墳と呼ぶ。

          前方後方墳は後方部が正方形に近くそれに前方部が付いた形となっていることが多い。

          前方後方墳は、前方後円墳と比較すると極端に少ない。



国指定史跡 焼ノ峠古墳(福岡県筑前町四三嶋)




(古墳の説明板より)


      .横穴墓

          土などを高く盛り上げて作るのではなく、岩山などに横穴を掘り埋葬したものを横穴墓と呼ぶ。

          厳密な意味では古墳ではないのかもしれないが、古墳時代にも作られたので分類に追加する。



国指定史跡 古月横穴(福岡県鞍手町古門)



(古墳の説明板より)



(古墳の説明板より)




(古墳の説明板より)


   .古墳の大きさ

          小さいものは数メートル。最大の古墳は、墳丘長486mの大仙陵古墳(前方後円墳、百舌鳥耳原中陵、通称 仁徳天皇陵、大阪府

          堺市大仙町)である。大山古墳と呼ぶ研究者もいる。

          日本には、墳丘長137m以上の古墳が100基ある。

          九州最大の古墳は、墳丘長177mの女狭穂塚古墳(前方後円墳、宮崎県西都市三宅)である。

          福岡県最大の古墳は、墳丘長135mの岩戸山古墳(前方後円墳、福岡県八女市吉田)である。

          佐賀県最大の古墳は、墳丘長114mの船塚古墳(前方後円墳、佐賀県佐賀市大和町久留間)である。



   .埋葬施設

          大きく分けて竪穴式と横穴式がある。前期、中期はほぼ竪穴式で、中期の途中から北部九州などに横穴式が出現する。

          後期になると横穴式が普及する。

      .竪穴式

          墳丘を築造した後に墳頂に穴を掘り、底に棺を入れて埋め戻す。追葬はできない。

            竪穴式石槨 ・・・ 棺を入れたあと、周囲に石を積んで壁にし、上に天井石をのせたもの。

            粘土槨    ・・・ 粘土の床の上に木棺をのせ、周囲や上部も粘土で覆って埋め戻す。

  
            箱式石棺   ・・・ 板石で四辺を囲んだ石棺。蓋石がある場合もある。

            木棺直葬   ・・・ 木棺を置いただけで埋め戻す。弥生時代からある埋葬法。

            竪穴系横口式石室   ・・・ 中期初めに北部九州で始まった。竪穴式石室に横口式の羨道を 設けたもの。

                              竪穴系横口式石室から横穴式石室に発展したものと思われる。



国指定史跡 老司古墳(福岡市南区老司)





竪穴系横口式石室(古墳の説明板より)


      .横穴式

          あらかじめ石材で横穴を作って、その上に墳丘を作る。埋葬後閉塞石や扉石で入口を塞ぐ。追葬も可能。

            横穴式石室 ・・・ 玄室(埋葬する部屋)と羨道(玄室と外部をつなぐ通路)からなる。

                        玄室と羨道の間に前室を設けたものやさらに中室を設けたものもある。この場合、玄室を後室と呼ぶこともある。

                        最初のころは割石小口積み石室(扁平な割石を積み上げた石室)だったが、だんだんと巨石を積み重ねる方式に

                        変わっていった。



善院1号墳(福岡県久留米市田主丸町地徳)
町指定史跡 砥上観音塚古墳(福岡県筑前町砥上)

            

(古墳の説明板より)






(上図は古墳の説明板より)

            横口式石槨 ・・・ 石室という形をとらず石棺単体で埋葬施設となったもの。 横穴式石室の簡略版。


   .石棺の種類

           割竹形石棺   ・・・ 石材を円筒形に加工し二つ割りにする。それぞれをくりぬいて棺身と棺蓋にする。

           舟形石棺     ・・・ 割竹形石棺の変形。石材を楕円筒形に加工し二つ割りにする。その後両端を斜めに切って、それぞれを

                        くりぬいて棺身と棺蓋にする。舟の形に似ていることから命名。

           長持形石棺   ・・・ 板状の石材を組み合わせ長持の形に作った石棺

           家形石棺     ・・・ 屋根の形をした蓋をもつ石棺。くりぬいたものと石材を組み合わせたものとがある。



県指定史跡 沖出古墳(福岡県嘉麻市漆生)

石櫃山二号舟形石棺福岡県大牟田市宝坂町)





割竹形石棺

(石棺の説明板より)






舟形石棺

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国指定史跡 谷口古墳佐賀県唐津市浜玉町谷口)
国指定史跡 浦山古墳(福岡県久留米市上津町)



長持形石棺(複製)






家形石棺



   .装飾古墳

       a.装飾古墳とは

              装飾古墳とは、石室の壁や石棺に装飾をほどこした古墳である。

              当初は線刻や浮彫が主流だったが、顔料による彩色画に変わっていく。

              描かれるものは三角文、連続三角文、円文、同心円文、直弧文(直線と弧を組み合わせた文様)、蕨手文(蕨の形の文様)、

              双脚輪状文(輪に2本の脚がついている文様)などの幾何学文様と、武具などを簡略化して直線と弧などで描いたものとがある。

              たとえば、楯、靫(ゆぎ:矢をいれてかつぐ道具)、翳(さしば:柄の長いうちわ)などである。福岡県内の古墳では、写実的な文様は

              ほとんどない。

              装飾の意味については、辟邪(魔除け)や他界の姿とも言われているが、諸説ある。

              古墳は全国に20万基あるとも言われているが、彩色系壁画はおよそ90例と限られている。その中でも九州に多く分布する。

              九州の中では、福岡県と熊本県に集中している。


       b.石棺


国指定史跡 石人山古墳(福岡県広川町一條)

国指定史跡 浦山古墳(福岡県久留米市上津町)



家形石棺に円文、直弧文などが彫られている。

家形石棺に直弧文、同心円文、鍵手文が線刻されている。

      c.石室


国指定史跡 五郎山古墳福岡県筑紫野市原田)

国指定史跡 桜京古墳(福岡県宗像市牟田尻)



馬にまたがった人、弓を引く人、祈りをささげる人、鳥、舟、靫、弓などが赤、黒、緑の3色で奥壁に描かれている。
(古墳の説明板より)


石屋形の柱や奥壁に連続三角文が赤、緑、黄の3色で描かれている。
(古墳の説明板より)
 

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国特別史跡 王塚古墳(福岡県桂川町寿命)


(古墳の説明板より)

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国指定史跡 竹原古墳(福岡県宮若市竹原)
狐塚古墳(福岡県朝倉市入地)





奥壁には両側に翳、下方に波形文、舟、馬を引いた人、竜などが、右据石には朱雀、左据石には玄武が描かれている。
(古墳の説明板より)






奥壁にはゴンドラ型の船が線刻で描かれている。
他の場所にも線刻画が見られる。
(古墳の説明板より)

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砥上観音塚古墳(福岡県筑前町砥上)
国指定史跡 仙道古墳(福岡県筑前町久光)





赤色顔料を用いて円文、星状文、舟なとが描かれている。
(上図は古墳の説明板より)










赤、緑で円文、同心円文、三角文、連続三角文などが描かれている。
(古墳の説明板より)

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国指定史跡 下馬場古墳(福岡県久留米市草野町吉木)




前室と後室には赤や青で同心円文、三角文などが描かれている。後室右壁には舟のような文様が見える。
(上図は古墳の説明板より)

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国指定史跡 前畑古墳(福岡県久留米市草野町草野)




前室の奥壁と後室の左壁、右壁や前・後室境の天井石には赤一色で円文、同心円文などが描かれている。
(上図は古墳の説明板より)

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国指定史跡 中原狐塚古墳(福岡県久留米市田主丸町地徳)



赤、緑、青で同心円文、三角文、靫、舟、人物等を描いている。
(古墳の説明板より)


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国指定史跡 寺徳古墳(福岡県久留米市田主丸町益生田)




赤2種と緑の顔料で玄室奥壁、玄門袖石、前室側壁、前門前室側左袖石に同心円文、三角文、盾、舟が描かれている。
(上図は古墳の説明板より)

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国指定史跡 原古墳(福岡県うきは市吉井町富永)
国指定史跡 鳥船塚古墳(福岡県うきは市吉井町富永)



(古墳の説明板より)
(古墳の説明板より)

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国指定史跡 古畑古墳(福岡県うきは市吉井町富永)
国指定史跡 重定古墳(福岡県うきは市浮羽町朝田)



(古墳の説明板より)



赤、緑で靫、鞆、蕨手文、同心円文、三角文などが描かれている。
(古墳の説明板より)

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国指定史跡 塚花塚古墳(福岡県うきは市浮羽町朝田)



赤、緑で蕨手文、同心円文、三角文、靫などが描かれている。
(古墳の説明板より

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国指定史跡 乗場古墳(福岡県八女市吉田)


赤、青、黄で連続三角文、円文、三角文、靫などが描かれている。
(古墳の説明板より

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国指定史跡 丸山塚古墳(福岡県八女市宅間田)
国指定史跡 弘化谷古墳(福岡県広川町広川)




(古墳の説明板より)

玄室の奥壁上部に蕨手文が、下部には連続三角文が赤と緑で描かれている。玄室入口の両袖石には対角線状に三角文がが赤、緑、黄で描かれている。前室入口の両袖石にも対角線状に三角文が赤、緑、黄色で描かれている。
(古墳の説明板より)



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国指定史跡 萩の尾古墳(福岡県大牟田市東萩尾町)



(古墳の説明板より)


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市指定史跡 日明一本松塚古墳(福岡県北九州市小倉北区日明)



奥壁に赤色顔料で10本の放射状の文様が描かれている。
(左は古墳の説明板より、右はいのちのたび博物館にある石室レプリカ)

     d.装飾古墳の見学

        装飾壁画は外界などとの接触により劣化する。したがって、見学できない古墳もかなり多い。

        そこで、福岡県内の装飾古墳の見学可否の度合いをまとめてみよう。
 

        ただ、見学できる装飾古墳でも、覗き窓のようなところから一部だけを覗けるもの、見学場所から壁画までかなり距離があって見えにくいもの、

        近くまで寄れるが劣化していて見えにくいものなどもある。


       @ 装飾を自由に見学できる古墳(柵越しの見学を含む)

 
         丸ノ口古墳群(福岡県那珂川町片縄西)水町横穴墓(福岡県直方市上境)花立山穴観音古墳(福岡県小郡市干潟)砥上観音塚古墳(福岡県筑前町砥上)

          前畑古墳(福岡県久留米市草野町)石人山古墳(福岡県広川町一條)倉永古墳壁画残欠(福岡県大牟田市倉永)垣生羅漢山横穴墓3a-1(福岡県中間市垣生)

          百留横穴墓1.2.3号(福岡県上毛町百留)、山田1号墳(福岡県上毛町安雲)



       A 予約せずに鍵を借りられるかまたは管理者の許可が得られ、装飾を見学できる古墳

 
         東光寺剣塚古墳(福岡市博多区竹下)権現塚古墳石材(福岡県那珂川町仲)竹原古墳(福岡県宮若市竹原)浦山古墳(福岡県久留米市上津町)

          下馬場古墳(福岡県久留米市草野町吉木)重定古墳(福岡県うきは市浮羽町朝田)塚花塚古墳(福岡県うきは市浮羽町朝田)萩の尾古墳(福岡県大牟田市東萩尾町)


       B 予約すれば装飾を見学できる古墳

 
         五郎山古墳(福岡県筑紫野市原田)日輪寺古墳(福岡県久留米市京町)日明一本松塚古墳(福岡県北九州市小倉北区日明)

          穴葉ヶ山1・3号墳(福岡県上毛町下唐原)



       C 古墳同時公開や古墳単独公開のときに装飾を見学できる古墳

          五郎山古墳(福岡県筑紫野市原田)王塚古墳(福岡県桂川町寿命)川島古墳(福岡県飯塚市川島)狐塚古墳(福岡県朝倉市入地)仙道古墳(福岡県筑前町久光)

          寺徳古墳(福岡県久留米市田主丸町益生田)珍敷塚古墳(福岡県うきは市吉井町富永)原古墳(福岡県うきは市吉井町富永)鳥船塚古墳(福岡県うきは市吉井町富永)

          古畑古墳(福岡県うきは市吉井町富永)日岡古墳(福岡県うきは市吉井町若宮)弘化谷古墳(福岡県八女市吉田)


       D 現時点では装飾を見学できない古墳

          浦江古墳群第1号墳(福岡市西区金武)吉武K7号墳(福岡市西区金武)殿様塚1号墳(福岡県筑紫野市山家)桜京古墳(福岡県宗像市牟田尻)

          山王山古墳(福岡県飯塚市徳前)、城ノ腰横穴墓(福岡県飯塚市佐與)損ヶ熊古墳(福岡県宮若市原田)古月横穴(福岡県鞍手町古門)

          湯ノ隈古墳(福岡県朝倉市宮野)隈3号墳(福岡県久留米市田主丸町中尾)中原狐塚古墳(福岡県久留米市田主丸町地徳)

          西館古墳(福岡県久留米市田主丸町益生田)富永古墳(福岡県うきは市吉井町富永)乗場古墳(福岡県八女市吉田)丸山塚古墳(福岡県八女市宅間田)

          稲荷山横穴墓群18号墓(福岡県立花町北山)成合寺谷1号墳(福岡県みやま市瀬高町本吉)黒部6号墳(福岡県豊前市松江)



   .古墳の副葬品

          副葬品とは埋葬のときに石棺内または石室内に入れられる物品である。

          副葬品としては、舶載鏡(中国製の鏡)、仿製鏡(舶載鏡を模倣して作った国産の鏡)、腕輪、玉、刀剣、斧、馬具、土師器、須恵器などがある。

          ただし、盗掘によって副葬品の大半がなくなってしまっているケースも多い。

          副葬品から古墳築造の年代が推定されることもあるが、副葬品の作成年代が分かってもそれ以降に古墳が築造されたことが分かるだけで

          古墳の築造の年代までは確定できないし、古墳築造のかなり後に古墳に入れられたものを副葬品と間違う可能性も皆無ではないので、

          古墳の年代推定は副葬品だけではなく、墳丘の形式、石室の形式、埋葬の仕方、地形環境、周辺の古墳との比較等総合的に判断される。


      
   .古墳の被葬者

          古墳の被葬者が誰であるかは陵墓を除けばほとんどわかっていない。というのも日本への漢字の伝来は5〜6世紀ごろといわれており、

          当時どれだけ漢字を使いこなして文書を作っていたかは不明であり、実際古墳に関する文書がほとんど残っていないからである。

          副葬品にも文字があるものは極めて少ない。

          陵墓とは、宮内庁が天皇、皇后、皇太子等の墓所として指定した古墳のことである。85基ある。

          陵墓への立ち入りは禁止されていて、研究者でも調査できない。たまに調査の許可が出ることもあるが、そのときの調査はせいぜい墳丘に

          入っての目視程度と思われ、墳丘を掘り起こしたり、石室内に入ることなどは望むべくもない。

          また、陵墓の被葬者は宮内庁が指定しているが、間接的証拠をもとに異論を唱える研究者は少なくない。

          福岡県内の古墳で被葬者が特定されているのは、国指定史跡 岩戸山古墳(福岡県八女市吉田)だけである。筑後国風土記に磐井の墓の

          伝承がのっていて、古墳の所在、規模や特徴などから岩戸山古墳が筑紫君磐井の墓と推定され、定説となった。



  10周濠

         周濠とは古墳の周りに掘られた堀のことである。堀には水がたたえられていることが多かったと推定されるが、現在では空堀なっているものや

         堀の痕跡をとどめる程度のものなどもある。

         福岡県の古墳で今でも周濠に水をたたえているのは、御塚古墳権現塚古墳(2基とも福岡県久留米市大善寺町宮本)ぐらいである。

         周濠は、古墳の周囲を一周するものだけでなく一部分だけに濠があるものもある。

         周濠の形は、円墳では円形が多いが、前方後円墳では盾形のものが多い。

         中には、堀が2重、3重に掘られているものもある。



国指定史跡御塚古墳福岡県久留米市大善寺町宮本)
国指定史跡 今宿大塚古墳(福岡市西区今宿)



三重周濠
(古墳の説明板より)

二重周濠
(古墳の説明板より)

  11造り出し

         造り出しとは、円墳や前方後円墳の一部が長方形や台形に突き出た部分のことである。祭祀の場と考えられている。

         前方後円墳の場合、前方部と後円部をつなぐくびれ部分に作られることが多い。

         造り出し付き円墳が発展して帆立貝式古墳になったという説もあるが、別物という説もある。



筑後市指定史跡 欠塚古墳(福岡県筑後市前津)
国指定史跡 御所山古墳(福岡県京都郡苅田町与原)



(古墳の説明板より)
(古墳の説明板より)


  12.葺石と埴輪

          葺石とは、古墳の墳丘斜面を石で覆ったもの。河原石や礫石を張り付ける。前期古墳や中期古墳に多い。

          葺石は見た目を美しくする役割と墳丘の崩落を防ぐ鑓割があるものと思われるが、定かではない。

          埴輪とは、古墳上に並べられた素焼きの焼き物。聖域の区切り、死者の霊が生活するためのもの、悪霊や災いの防御などの意味が

          あるとされる。

          埴輪は、円筒埴輪と形象埴輪に分類される。

          円筒埴輪は、名前のとおり円筒の形をした埴輪である。形象埴輪は、人、動物、物などの形をかたどったもので、人物埴輪、家形埴輪、

          動物埴輪、器材埴輪などがある。



国指定史跡 仙道古墳(福岡県朝倉郡筑前町久光)
福岡県指定史跡 小正西古墳福岡県飯塚市小正)





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国指定史跡光正寺古墳(福岡県糟屋郡宇美町光正寺)





(古墳の模型)



  13.陪塚

          陪塚または陪冢(ばいづか/ばいちょう)とは、大型の古墳の周囲に、大型古墳と関連して同時代で計画的に作られた古墳(群)である。

          大型古墳の被葬者の親族、臣下などを埋葬する。大型古墳の副葬品を納めるために作られたものもあるようだ。



佐賀県指定史跡 船塚古墳(佐賀県佐賀市大和町)
市指定史跡 九折大塚古墳(福岡県みやま市山川町)




(古墳の説明板より)

(古墳の説明板より)



  14群集墳

          群集墳とは、限られたい範囲に密集して作られた古墳群のことである。墳丘を持った円墳群の場合が多いが、横穴墓の場合も群集墳と

          呼ばれる。



県指定史跡 童男山古墳群(福岡県八女市山内)
国指定史跡 古月横穴(福岡県鞍手郡鞍手町古門)




(古墳の説明板より)

(古墳の説明板より)

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